おめでとうございます! あなたは今、イエスキリストを救い主として、また主として、受け入れられました。 あなたは本当にすばらしい決断をされたのです。 この世の創造主であり、主でもあるイエスキリストと個人的な関係をもつことは、私たちにとってすばらしい特権なのです。 どのような人間関係にもいえることですが、その関係は、より良い関係へとなってゆく必要があります。 今後イエスキリストをよりよく知ってゆくプロセスにおいて、ときにはイエスキリストに関して理解しにくいことがあるかもしれません。 しかしご安心下さい、イエスキリストに出会い、さらにイエス様を知ってゆこうとするあなたの姿勢が大切なのです。
すばらしいクリスチャン生活がこれからまさに始まろうとしています。
これからいろいろなことを学び、体験することでしょう。
また困難に遭い、ときには誘惑に遭うこともあるでしょう。
しかし恐れないで下さい、イエス キリストはこのように約束されました。
ヘブル 13:5
「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」
あなたは新しく神の家族 (クリスチャン) の一員として生まれてきました。 これから、あなたはイエスキリストにあって、可能性のかぎり、成長してゆくクリスチャンとなる必要があるのです。 あなたとイエスキリストとの関係が親密になるにつれ、イエス様とのコミュニケーションがますます大切になってきます。 このコミュニケーションはおもに祈りと聖書の朗読でなされます。 イエス様は私たちに聖霊と神の書かれた御言葉(聖書)を送ってくださったので、 あなたは聖霊と聖書をとうしてイエス様をよりよく知ってゆくことができるのです。
あなたは今、多くの疑問を抱えていることでしょう。
しかしそれらの疑問には、すべて確かな答えがあるのです。
それらの答えを、あなたが今すぐ得ることはできないでしょう。
小さな子どもたちは、世の中のしくみを容易に、すぐには理解できないように、あなたも成長するにしたがっていろいろなことを学び成長してゆくのです。
あなたに、もし何か疑問な点があれば、どうぞ質問して下さい。
すべての質問には確かな答えがあるのです。
あきらめないで、探し求めて下さい、きっとあなたはそれらの答えを見つけることでしょう。
どうかイエス様はあなたを愛しておられ、あなたをけっして身捨てないということを覚えておいてください。
マタイ
10:32 ですから、わたしを人の前で認める者はみな、わたしも、天におられるわたしの父の前でその人を認めます。
10:33 しかし、人の前でわたしを知らないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います。
洗礼のバプテスマはこのことを象徴する儀式です。
また同時に、あなたの周りの人にも、私はイエスキリストを自分の救い主として受け入れましたと伝えるべきなのです。
イエスキリストが天国に帰られる前、イエス様は私たちをそのまま放っておかれないと語られました。
私たちのところにイエス様自身のような助け主
(聖霊) を送って、いつまでもわたしたちと共にいて下さるとイエス様は言われました。
ヨハネ
14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
14:17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。
14:18 わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。
弟子たちにイエス様は聖霊を受けるまでは、伝道を始めてはならないと語られました。
ペンテコステ(聖霊降臨の祝日)の日、聖霊は神様から私たちへの贈り物として与えられました、その後すべての人々は、信仰をとうして聖霊を受けるができるのです。
ぜひ今すぐ、神様の霊で自分が満たされるように祈ってみて下さい。
神の御言葉に対する信仰をとうして、私たちは聖霊を受けることができるのです。
この地上において聖書は最高の権威を持つ書物です。
神の言葉は私たちに対する神様のメッセージをなのです。
聖書はあなたのクリスチャン生活をより実り豊かなものに変えてゆきます。
常に私たちは神の御言葉により、 霊的に養われていく必要があります。
日ごろから聖書を何度も読み、勉強し、音読し、そして聖書に書かれていることをよく考える必要があるのです。
第一ペテロ
2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。
マタイ
4:4 イエスは答えて言われた。
「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』
と書いてある。」
使徒 20:32
いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。 みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。
マタイ
12:36 わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。
12:37 あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、罪に定められるのも、あなたのことばによるのです。」
たぶんあなたは、一般的な方法で、幼いころから自然に日本語を習得してきたのではないでしょうか。
実はあなたが話す言葉は大切な役割をもっているのです。 あなたは、神がどのように話されたのかを聖書から学びとり、神の言葉である聖書と、調和させながら話す必要があるのです。
ヘブル
10:23 “約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。”
あなたが直面するであろう主な誘惑は、神の御言葉自体を信じなくなることです。
聖書の言っていることと反対のことを口に出すように、仕向けられかもしれません。
しかしその誘惑に陥らないで下さい。
ヘブル
3:1 “そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。”
ヘブル
4:14 “さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。”
イエス様がまさに天におられる私たちの代表者であられます。 イエス様はあなたの告白すべき言葉の、良い手本をすでに示してしおられます。
ゆえに聖書に書かれていることを進んで信じ告白しましょう。
祈りとはまさに神様とのコミュニケーションなのです。 神様は忙しすぎて、あなたに耳を傾ける時間がないということはないのです。
神様にむかって、 あたかも自分の尊敬する友人に話し掛けるように語りかけるように祈ってみましょう。
祈りにはいろいろな種類の祈りがあるのです。 たとえばなにかを請願する祈り、感謝する祈り、賛美する祈り、罪を告白する祈りなどがあります。
これらの祈りは御言葉から学び取ってゆく必要があります。 どうかこのことを心に留めておいて下さい、祈りとはまず神様に話しかけることなのです。
神様は私たちとよい関係をもちたいと、いつも願われているのです。
あなたのお金はあなたの時間、あなたの人生の一部を表しているのです。
クリスチャンとして私たちのもっているすべてのものは、実はすべて神様に属するものなのです。
また神様の所有されているすべてのもは、同時にあなたに属するのです。
主は私たちが目に見える形で、神様を礼拝するように定めておられます。
例えば献金するのもそのひとつです。 聖書には私たちの収入の十分の一を捧げることが教えられています。
あなたがそのことを実行し、神様を第一とするなら、神はあなたを必ず祝福されるでしょう。
人々との間に一致があるとき、必ずそこに力が生み出されます。 あなたがもし、あなたを助けてくれそうな人たちの仲間に所属しているなら、
あなたが何かの必要に迫られている時に、彼らはあなたを助けることができます、逆に彼らが困っているとき、今度はあなたが彼らを助けることができます。
多くの人々が集まるとそれが集団の力となります。 個人では到底実現不可能なようなことでも、グループで一致団結すれば達成することができます。
あなたと同じようにイエスを主と認め、聖書が正に神の書かれた御言葉だと信じる人たちを近辺で探してみて下さい。
もし幸運にもそのような人々の集まりが、あなたの家の近くであるならば、
どの集会に参加すべきかイエス様の導きを求めて決めて下さい。
ヘブル
10:25 “ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。”
あなたのまわりにいる多くの人たちにもイエスキリストの恵みを知ってもらう必要があるのです。
このすばらしい知らせを彼らと分かち合うために、主に助けを求めましょう。
神様はまさに適切な方法で、タイミングよくこの良き知らせを、彼らと分かち合うためにきっと助けて下さいます。
マタイ
28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
イエスキリストの支配されるところにおいて、私たちは周りの隣人を愛すべきだと命ぜられています。
イエス様の助けを受けることによってあなたはあなたの隣人を愛せるのです。
いつでもわたしたちが愛という土台から離れるとき、悪魔にチャンスを与えることになるのです。
ヨハネ
13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
イエスキリストがあなたを赦されたように、あなたもあなたの隣人を赦してゆかなければならないのです。
エペソ
4:31 無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。
人々はあなたの敵ではありません。 悪魔は人々をとうしてあなたを攻撃するかもしれませんが、人々はあなたの敵ではありません。
エペソ
6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
悪魔ならびに、悪魔のもたらす力がまさにあなたの敵なのです。 しかしイエスの名によって、あなたは悪魔に対し権威をもっているのです。
ヨハネ
10:10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
どのような状況であれ、神の書かれた言葉 (聖書)と調和しないもの、状況は悪魔をとうしてもたらされていると考えて下さい。
マタイ
4:10 イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ。』と書いてある。」
あなたはイエス様がされたのと同じように、悪魔に対して抵抗すべきです。
悪魔に対して直接、御言葉を告白するのです、悪魔はあなたから立ち去るでしょう。
エペソ
6:16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
6:17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。
誘惑自体は罪ではないのですがあなたは誘惑に直面せざるを得ないのです。
イエス様ですら誘惑に直面しました、しかしイエス様はけっして誘惑に身をゆだねませんでした。
神様は私たちに誘惑に対する助けと勝利とを約束されました。
第一コリント
あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。
誘惑は神からくるのではありません、悪魔こそが誘惑をもたらすのです。
御言葉はあなたが悪魔に立ち向かうべきだと教えています。
ヤコブ
4:7 ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。
ヤコブ
1:12 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
1:13 だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。
1:14 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。
1:15 欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。
私たちは、罪の思いを心に思い浮かべて、自分で楽しむようなことをしてはいけません。
私たちが変な思いをもたないならば、それを行動に移すことはまずないからです。
とにかく、誘惑を避けることが、何にもまして大切なことなのです。
誘惑の種が大きくなる前に、その誘惑をなるべく避けることが一番の解決策です。
詩篇
119:11 あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。
イエス様が誘惑に遭われたとき、イエス様は神の御言葉を悪魔に対して宣言しました。
私たちも同じようにすべきです。 誘惑に対しては御言葉で言い返すのです。
ただ単純に、あなたが悪い思いや行動を、これからなるべくしないようにしようなどと、自分だけの努力でがんばらないでください。
あなたの思いをいつも良い思いで満たしてください、
悪い思いがこれ以上、根を下ろさなくなるでしょう。
何にもまして偉大な方が、あなたの中に住まわれていることを決して忘れないで下さい。
神様はあなたが圧倒的な勝利者になるために、きっと助けてくださいます。
そうです、あなたは勝利者なのです。
第一ヨハネ
1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
神様は私たちの犯した罪が赦されるように、すでにその罪のための備えをして下さいました。 あなたがもし何か罪を犯したとき、すぐにその罪を告白して悔い改めて下さい。 そして信仰によって、罪の赦しを受けて下さい。 決してあなたの私生活の中にある告白されていない罪を無視して放置してはいけません。 悪魔に機会を与えることになるからです。 たとえわずかの間でも放置してはいけません。
どうか信仰の中にとどまっていて下さい。 あなたはすべてのことを、まだよく理解されていないと思います。
しかし、イエス様はすでにすべてを知っておられるのです。
もし何かが起こっていて、あなたがそのことを理解できないとき、どうかイエス様を信頼して賛美するようにしましょう。
イエス様が信仰の創始者、完成者であられます。
私たちの目的は、人を喜ばすことではなく、イエス様を喜ばせることなのです。
なぜなら最終的には、イエス様が裁かれるお方なのですから。人はたぶんあなたをがっかりさせることがあるでしょう。
たとえその人がクリスチャンであってもです。
決して人に絶対的な信仰を置いてはならないのです。
人は何かをしそこなったり、間違ったりするものです。
人はあなたの期待を裏切ることがありますが、イエス様は決してそうではありません。
また他の人々の行動によって、あなたの生活が支配されないように気を付けて下さい。
あなたの目をいつもイエス様に向けて下さい。
イエス様は決してあなたを失望させるようなことはしません。
あなたの信仰をイエス様に置いて下さい。
イエス様はあなたをすでに召されたのです、あなたを必ず守るでしょう。
イエス様はあなたに始められたことを、最後まで完成させて下さるおかたなのです。
第一テサロニケ
5:24 あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。
第二テサロニケ
3:3 しかし、主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守ってくださいます。
ピリピ
1:6 あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。